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乱調ライカ節

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 幼い頃からの写真機好きで、写真機と一緒に産湯をつかったわけではないのだが、ニコンにキャノン、アサヒにミノルタ、マミヤにローライと節操もなく浮気を繰り返し、ライカも使うようになって二十年余り、生来の凝り性で自分ですべて使ってみないと気がすまないから始末におえない。理科系出身だからなおさら悪い。
 写真機や鏡玉を集める趣味はないのだが、自分がずっと愛用できるものを求めて続けて、もうずいぶん長い年月を無駄に楽しんできた。そしていまふりかえってみると、ライカとのつきあいが一番長い。
 さて、そのライカである。たまたまドイツ製である。ドイツ生まれでもなければ、家にハーケンクロイツがかざってあるわけでもないから、特にドイツのものが好きというわけではない。ただ、機械式写真機のなかで、ライカほど長く使用できるものがあるのを他には知らない。戦前のもので現在も使用可能なものも多い。ライカは他の写真機に比べてコレクターが多数存在し、ライカの寿命よりコレクターの寿命のほうが短かったということもあるかもしれない。ただ、基本的に修理や調整ができなければ、これほど長期にわたり使えるはずもなかろう。
 ライカについては古今東西あまたの人がいろいろ書き散らしているから、その蘊蓄の量は驚くほどのものがある。読み、使い、また読み、使いを繰り返し、二十年以上をふりかえってみると、ずいぶんと無駄なこともあったと感慨がわきあがるのをとおりこして目頭が熱くなる。ろくに使いもせず書いてるのではあるまいか、と思われる文章も多い。ご存じの方も多いはずだが、ライカそのものも巷で言われているほどきちんとしているわけでもなく、充分、いい、かげんである。
 ライカは昔から愛好家の多い写真機であるが、まさか女性雑誌にまでライカが登場し、ヴィトンや、ロレックスと同じ扱いを受けるようになるとは思わなかった。ましてや、エルメスバージョンなどという軟派なものまででてくるようになるとは想像もできなかった。ちなみにライカ自体はドイツ語では女性名詞である。男どもの中に犠牲者、感染者が増え続けるのも当然のことである。レンズも一本や二本使ってみたところで何もわかるわけはないから始末が悪い。自分も試してみたレンズは 200本はくだらない。そんな状況を横目で見ていて、屋上屋を架してみたくなったのは、自分で使い、比べ、怒り、喜び、失望し、それらをつらつら書き連ねてみることも案外無駄ではあるまいと思えたからである。したがってバルナック一台か二台とレンズ二本ぐらいですべてすんでおられる、ライカ使いの先達にはあまり参考にはならないと思われる。自分と同様、その長い道程の途中を行きつ戻りつしてきた方や、その入り口に立ったばかりの方には何か参考になることがあるはずである。
 武人は良き刀を欲しがり、大工は良くキレる道具を要求する、筆を選ばない弘法様は昔の人である、というのはライカ使いの名人、木村伊兵衛の言葉である。無駄と放蕩の年月をうろうろ、ぐずぐず重ね、そろそろ枯れなんとする自分が実際に残りの人生をともに過ごしたいと思う、真剣、厳選、珠玉の選択である。人の言葉はもはや信用することができずに、自分で使って試してみないと気がすまなくなってしまった自分にとっては、自分が実際に使ったことのないモノについては語るべき言葉を持ちようがないから書かない。人の受け売りの類いも自分の話としてはいっさい書かないつもりである。
 自分は文科系ではなく完全に理科系の思考であるので、ライカという偉大な写真機の社会学や哲学、文化論や芸術論は他におまかせしたい。うっとりとするような最高の描写であると書かれているレンズとともに掲載された作例写真をみて、いったいどこにうっとりしたらいいのかわからず、穴があくほどその写真を観た揚句、ひょっとするとわからないのは自分だけではあるまいかといつも不安になる貧しい芸術感覚の持ち主である。
 蛇足ではあるが、ポテトはポテトでポテイトウではなく、レバーはレバーでありノブはノブなので、レヴァーやらノヴやらとは表記しないのでご了解いただきたい。
 どうかゆっくり、のんびり、おつきあいのほど。

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この記事は著者が2007年1月28日に書いたものです。

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