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人間と機械

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 東京生まれ、東京育ちの私が北海道に移り住んでから、二十回目の冬を迎えることになった。数年前から冬の間だけ、湿原を横切って細くのびる線路の上を、小さな蒸気機関車が走るようになった。線路は遠くを走っているから、機関車の姿は見えないのだが、汽笛をひきずって湿原を滑走していく白い煙がよく見える。
 発進の際には、ごくゆっくりと、しかし確実な重量感で動き始めるクランクと動輪、加速とともにしだいによみがえる鼓動と呼吸、登り勾配に逆らうように噴き上げる白煙と咆哮、下り勾配を駆け降りる絶気状態のリズムと滑走。火と水と木を使い走る、人類が創り出したもっとも生き物に近いとまでいわれた機械。電気の普及とともに、生き残ることはあるまいと思われた鉄の塊。はるかな過去への郷愁か、蒸気機関車は、全国で復活している。機械フェチでも、鉄道マニアでもない乗客までもが老若男女を問わず嬉々として列車に乗り込む。多くの人間に愛される機械である。
 写真機を握りしめて蒸気機関車の写真を撮りはじめたのは、およそ三十年以上も前のことである。峠の信号所で雪まみれになって写真を撮っている私をみて驚いたのか、貨物列車を停車させて運転台に引きずり上げ、次の停車駅まで運んでくれた機関士がいた。鼻から下を黒ずんだタオルでくるんだその機関士の、前方を睨んでいたのであろう目の周りは雪で真っ白、写真機を夢中で覗き込んでいた私は、目の周り以外が雪で真っ白、実にいいかげんの時代であった。日本国有鉄道、国鉄の時代である。機関車の圧力計が丁寧に磨かれ鈍く光輝いて見えたのは気のせいではない。昇り勾配にさしかかり、ついに耐えきれなくなった機関車の動輪が滑ると、砂を撒いてそれを止める装置がついているのを知ったのもそのときであった。
 人間が機械を愛し、操り、支配していた。
 蒸気機関車はおそらく、その構造が理解できない人間に走らせることのできる機械ではない。ただ、普通の人間なら誰でもその気になれば、その構造は理解できるであろう。理解可能であるということは、操ることも、手入れをすることも、場合によっては修理することさえも可能であることを意味する。その機械に信頼感と愛着を持つようになるのも当然である。半世紀を経てなお蒸気機関車が走れるのは、液晶やら電子部品やら理解不能なブラックボックスを使いようもない時代に誕生したからである。
 機械は、ある目的のために開発されこの世に誕生する。当然、開発者はその構造を理解している。ただ、使う人間がその仕組みや構造を理解しうるのか否かということが、本来はもっとも重要なことのはずである。使い方さえ理解できればそれでいいというものでもない。血圧は、聴診器と、水銀を使う血圧計とで測るのが一番信頼性が高い。操作する人間は習熟するから、壊れていれば何かがおかしいことはすぐわかるようになる。誰でも簡単に扱えるデジタルの血圧計は、構造が理解不能であるから多少壊れていても気がつきようがない。昨今、多数の医療事故の報道が目に付くようになったのも、あながち全く無関係とは言えまい。
 そういえば最近の車はしゃべる。交差点にさしかかると、そこを左ですなどと女の声がする。操作ボタンだらけの液晶にGPSで地図がクルクル表示される。車の運転をする人間の知的活動のジャマをし、人間を能無しにしていく。ここで一言お断りしておかなければならないが、私は昔はよかったなどと懐古をするような性格でもなく、閑居しているわけでもない。普通の人に比べれば機械はむしろ好きなほうである。
 科学技術は急速に進歩し、人間の方はしだいに無能になっているのではあるまいか。科学技術の進歩発展は大変結構なことで、社会にとっては必要なことだが、いいかげんがよろしい。特に人間を能無しにする安直な技術の導入には、もっと敏感であるべきだろう。蛇足ながら、私がここでいういいかげんとは、いい、かげん、すなわちよいかげんという意味である。

この記事について

この記事は著者が2007年1月30日に書いたものです。

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