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北の大地の宝石箱その2

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 このブログの名は "風ブログ" で、ドメイン名は Aeolus.jp だが、イオラス(Aeolus ラテン名アイオロス)は、ギリシャ神話の "風"神王 の名前である。
 わが愛する北海道は羊蹄山の麓に、素晴らしい "風" のレストラン マッカリーナがある。北海道のフレンチでミシュラン三ツ星レストランは2軒のみだが、先の記事に書いたミシェル・ブラストーヤジャポンと並んで選ばれたもうひとつ、札幌のレストランモリエールの姉妹店である。
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 考えてみればフレンチ嫌いだった自分がこうした記事を書くのに、最初から続けて2軒ともフレンチになるとはいったいどうしたことか。その理由は、この2つのレストランを何回か訪れて、初めて知ることになる。
 羊蹄の山麓に抱かれた自然の中に建つマッカリーナは、ミシェル・ブラストーヤジャポンと並んで、自分の愛する北の大地の宝石箱である。ミシェル・ブラスはウィンザーホテル洞爺の中にあるから、宿泊はホテルの部屋だが、マッカリーナはオーベルジュスタイルで、3部屋だけだが宿泊のための部屋を別棟に持っている。これが静謐なうえにどこか暖かく、たまの休みに日頃の喧噪から離れて過ごすのには、ホテルの部屋よりは自分の好みに合っている。インターネットが使えないことも全く気にならない。特に冬場は至福の空間である。
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 フランス人のミシェル・ブラスが、洞爺にレストランを出すまでの話も、先の記事のように、ほとんど伝説として語られているが、自分の好むもうひとつ、この風のレストランの方もまた、その生い立ちは伝説といってよい。
 洞爺湖、ニセコの二大観光地を控えてポツンと取り残された真狩村に、レストランモリエールのシェフ中道博氏が、レストランで使う水を汲みにいくようになるところから話は始まる。この羊蹄山の南麓に広がる食材の宝庫で、豊かな食材をふんだんに使うレストランを開きたいと夢みる料理人と、地場の農産物の付加価値を高めたいと願う村人が、いくつもの困難を乗り越えた結果、夢が結晶して出来上がったのが、このマッカリーナである。
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 マッカリーナの真骨頂は冬場ではなく、やはり羊蹄の山麓で地場の野菜の獲れる 5月からである。毎月代わる旬の野菜を使ったコース料理を 11月まで味わうことができる。
 札幌のレストランモリエールもそうだが、マッカリーナも野菜を盛りつけたプレートは、ミシェル・ブラスの遺伝子を思わせる美しさで、他の地域ではあまり見かけることはないから、ミシェル・ブラスがこの北海道の大地に舞い降りた影響はやはり大きいのだろう。
 ミシェル・ブラスにくらべれば、マッカリーナは地場の新鮮な野菜をそのまま生かした調理法でシンプルに使うことが多く、それぞれが、ほかの何者にも似ていない個性にあふれている。
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 続く料理も、オリジナリティあふれる逸品が運ばれてくる。未だかつて、自分はフォアグラを旨いと思ったことはないが、マッカリーナは例外である。
 濃厚な脂がいつまでも口の中に残る感じがするのでゲンナリするのが常であったが、マッカリーナの極上のフォアグラはどういった理由によるのかは、美食家でもない自分にはわかるはずもないのだが、濃厚な味を生かしたまま、嫌らしい脂の味がいつまでも残ってしまう感じがない。写真をご覧になっていただきたいが、好きな人はもちろんのこと、自分と同様にフォアグラが苦手な人でもきっと満足できるに違いない。
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 続く魚料理も肉料理もいわずもがなである。ミシェル・ブラスは、はじめて洞爺湖を訪れた際、自分のレストランで使う牛肉を求めて日本中を探し歩いたという。自分の故郷であるオーブラック山地のライヨール村で使っている牛肉に近いモノでなければ我慢できなかったらしいのだが、灯台下暗し、洞爺湖の、とある牧場の牛が彼の好みにピッタリだった。以後、彼はそこの牛だけを使うようになるのだが、どうもこの地域の牛肉はとんでもない品質のモノもあるようで、マッカリーナの肉料理も絶品である。付け合わせに旨い野菜が添えられてくるのも、ミシェル・ブラス同様のお約束である。もともとあまり肉が好きでない自分にとっても充分以上に美味しい。サミットの際に外国首脳の奥方たちが訪れたという逸話も充分納得できるものがある。
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 この、風のレストランを初めて訪れたのは、7月のさわやかな日だったと記憶しているが、真っ白なプレートに緑鮮やかなブロッコリーが、それだけが載せられて目の前に運ばれてきたときには、あまりのシンプルさと潔さに大丈夫なのかと心配にもなったのだが、ナイフを入れ、口に入れた瞬間に、すべてを理解することになった。ある意味では、ミシェル・ブラスの対極にある料理だろう。昔、父親の田舎で口にしたもぎたてのトマトの感動を何十年かぶりで思い出した。ただの塩茹でといってしまえばそれまでだが、シンプルな中に、長い経験と知恵の凝縮された絶品中の絶品といったところである。自信に満ちあふれてただそれだけが載せられてくるのも、充分に納得させるだけの説得力がある。夢が結晶してできた風のレストランが生み出す、北の大地の宝石である。

 北海道は本当に素晴らしい大地、誇りにすべき大地だ。諸兄もそうはお思いにならないだろうか。

 情熱をかけて毎日を生きて、'パン' を食べていくのか、'パン' を食べるために情熱をかけ、毎日を生きるのか。この国は、自分の'パン' 、すなわち 'カネ' を得るためなら、なりふり構わず暴走する下等人類だらけの原始に戻ってしまっている。

 ミシェル・ブラストーヤジャポンも、この風のレストラン マッカリーナも、その成り立ちはおよそその対極にある。稀少の絶滅危惧種でもある。
 フレンチ嫌いの自分が、ここまで惹かれ、通い続けるようになった理由は、そのもののために情熱を傾ける人間たちの夢の結晶に触れたいからだ。それが、料理であれ機械であれ、コストのことなど考えもせず、そのもののためだけに懸けた人間らしい情熱に触れ、徒労感にまみれ疲れた自分もまたインスパイアされて、次の日からの人生に戻れるからなのだろう。

 いつまでも変わらずにあってほしいものである。

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この記事は著者が2012年5月 6日に書いたものです。

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